海外プロジェクトへの挑戦
言語の壁と独自規格への不安も
S
自動車メーカーの要請を受け、カナダでの車載用モーターコアの生産が決まったのは、2020年のことでした。そのメーカー向けの生産ラインを北米で立ち上げるのは今回が初めて。当社やカナダの現地法人、外注業者を含めると、100名以上のスタッフが参加する大プロジェクトがスタートしました。
そのメンバーの一人に、私もアサインされました。普段は本社の技術統括部の第一生産技術部で、モーターコアの生産技術開発や、生産ラインを設営するための準備を手掛けています。入社から9年間この仕事をしており、うち3年間は今回のお客様に出向していましたが、生産準備メンバーとして選ばれた際には、出向経験もきっと役立つはずだと思いました。
N
私はSさんと同じ技術統括部で、装置技術部の電気第1グループに所属しています。装置技術部はモーターコアを製作するための装置を製作する部署で、装置の設計や組み立て・調整、現地立ち上げ・条件出しを一貫して行っています。私もカナダの生産ラインで使用する装置の立ち上げメンバーの電気担当の一人として、参加することになりました。
S
先ほどお話しした通り、過去に自動車メーカーに出向していたため、厳しい品質要求に応える生産ラインの設営には慣れているつもりでした。でもやっぱり、海外での立ち上げは不安でしたね。
私の役割は生産準備全体を取り仕切るリーダーの補佐と、モーターコアのステータ(固定子)と呼ばれる部品の担当リーダーで、生産準備のプロセスやスケジュールを統括したり、要求される品質を実現するための条件出しを行ったりします。その過程で、当然ながら外国人のお客様やスタッフともコミュニケーションをとることが必要になるわけですが、英語は得意ではありませんでしたし、「果たして大丈夫だろうか……」という思いが正直ありました。
N
私はカナダに行ったことがなかったので、当初はワクワクする気持ちのほうが強かったです。
とはいえ、カナダにはCSAという日本よりも厳しい規格があり、それに対応した装置を設計・製作しなければなりません。より高い安全性を求められ、規格に対応するためにどのような機器を選定する必要があるか、現地スタッフと密にやり取りをする必要がありました。国内での装置製作後、現地での指摘事項を減らすための対策を講じるなど一定の準備はしていたとはいえ、CSAへの対応は初めてでしたので、少なからず不安はありましたね。
監察官と何十回もやり取りし
現地スタッフを説得する胆力
S
日本で約2年間にわたって生産準備や装置の試作をした後、いよいよ2023年2月から3カ月間、カナダに長期出張をすることになりました。Nさんたちのチームが先行して現地に渡り、日本から送った装置を設置・調整し、ある程度動かせる状態になった段階で、生産準備チームの私たちがカナダに向かい、各工程の条件出し、お客様の要求する台数を生産する能力を有しているかなどをチェックするというプロセスを踏みました。
N
先ほどお話ししたカナダの安全規格であるCSAの特徴の1つは、現地に監査官が来て、生産ラインが安全規格に沿っているかどうか、その場で審査を行うことです。規格に合わない部分があれば、修正を行い、再審査を依頼します。今回、日本での装置製作段階でも監査官が来日し仮審査が実施されていたのですが、それでも現地でたくさんの指摘を受けました。メールでのやり取りも含めたら、何十回やり取りしたでしょうか…。「本当に対応しきれるのかな」という不安は常に付きまといましたが、周囲のサポートを受けながら粘り強く修正を繰り返し、なんとか審査に合格することができました。
S
私が現地で苦労したのは、やはりというか、英語でのコミュニケーションでした。会議では特に認識の齟齬があってはいけないので通訳をつけていたのですが、通常作業の会話まで通訳を介していると2倍以上の時間がかかってしまいますし、作業者各々に通訳の方をつけるほどの人手はありません。
そこでスマートフォンの翻訳サイトを使いながら話していたのですが、自動車メーカーの厳しい基準について現地スタッフの方々に理解していただくのには苦労しました。
また、価値観の違いなどもあり、進捗の遅れや納期の遅延が発生することもありましたが、早めに期限を設けるなど、スケジュール管理を工夫することで円滑な進行を図りました。
N
私はSさんほど現地の方と話す機会はなかったのですが、装置の使い方を説明する際には英語が必要でした。
単語でぽつぽつと会話したり、ボディ・ランゲージを使ったりと、あの手この手でコミュニケーションを図ったところ、意外と意思疎通ができて、思ったより通じるものだなと。もちろん、現地の方々が簡単な単語を使ってくれたり、私の拙い英語を聞き取る努力をしてくれたり、配慮してくださったからこそだと思います。
S
現地のスタッフが温厚で優しい人ばかりだったのには救われました。腰の悪そうな高齢の(スタッフの)方が、ドアを先に開けて「どうぞどうぞ」と通してくれるようなこともあって、なんだかほっこりしたのを覚えています(笑)。
N
本当に良い人ばかりでした。「元気~?」「いつまでいるの? 今度ご飯行こうよ!」と、気さくに話しかけてくれたのは嬉しかったですね。
S
週末にみんなでナイアガラの滝やトロントに観光に行ったり、プロバスケットボールを観戦したり、日本ではできないことができて良い息抜きもできました。
生産準備開始1カ月前に
材料メーカー変更のどんでん返しが
S
生産ラインの設営は着々と進んでいたのですが、私がカナダに入る1カ月前に思わぬどんでん返しが起きました。モーターコアの材料である電磁鋼板の仕入先メーカーを、量産開始直前のタイミングで急遽変更することになったのです。お客様に指定されたメーカーから仕入れる予定で、長い間協議したのですが、どうしても私たちが求める品質が出せないことから、やむなく変更することに決まりました。
材料が変わると、設備自体もチェックし直し、調整する必要があります。つまり、日本で2年間にわたって準備してきたことを、現地でわずか1カ月の間にやり直さなければなりません。そうしたこともあって、どんどん追い込まれていき……。
しかし、いろいろな人の助けを借りながら、どうにか予定通りに量産を開始することができました。自分が条件を出してつくりあげた生産ラインが稼働している様子を見た時には、大きな達成感を覚えました。
N
私も先輩の手厚いサポートを受けながらではありましたが、難しい装置の立ち上げを一人で完遂できたことには達成感がありました。難しい規格、厳しい審査に食らい付いていって、ようやく審査の合格をもらえた時には、「この仕事をやっていて良かったな」と素直に思えました。
ただ、こうした仕事は、量産が始まるとそれまで見えていなかった新たな課題が出てきて、どうしても不具合が発生します。今回もいくつかの不具合が生じたので、日本に帰ってきてからも現地の状況をヒアリングし、現地スタッフの方々にいろいろとご協力いただきました。何とかうまく対応できて、ホッとしましたね。
初めてのチャレンジが
早くも2回目、3回目に生きている
S
今回のプロジェクトに参加して何より痛感したのは、語学の重要性です。「英語さえできればもっと意思疎通ができるのに……」と、現地では何度も思いました。そこで帰国後、会社のサポートでオンライン英会話レッスンが受けられる機会がありましたので、積極的に活用しました。
また、全体を統括する仕事をして、自分が率先して動くことの重要性を改めて認識しました。例えば、何か進捗が遅れていることがあれば、「誰かがやってくれるだろう」と待つのではなく、自ら担当者の元に出向いて、今何が起きていてどうすればいいかをじっくり話し合う。そうやって一人ひとりを巻き込んでいき、「自分事」として仕事をする仲間を増やしていくことが重要だと思い至りました。
その後、2025年6月に再びカナダに行き、別の生産ラインの立ち上げを担当しました。今回はリーダーとして参加したのですが、最初のプロジェクトでの経験と反省が生かせたのではないかと思います。
N
私も同じく、再びカナダの生産ラインの立ち上げに電気部門のサブリーダーとして携わりました。初回は自分が担当する装置のことで手一杯で、ライン全体を見ながら仕事を進めることができなかったという反省点があったので、今回はリーダーがどんな指示を出しているのかを見ながら補佐をしたり、一部の工程ではリーダー的な立場で対応したりしました。
そして2025年9月末からは、三たびカナダのプロジェクトに携わり、電気部門のリーダーを務めることになりました。まだ足りないところはあるのですが、先輩の教えや過去2回の経験を生かして、現場のスタッフの方が使いやすい装置をつくりたいと思っています。また、カナダでの経験を後輩にも積極的に伝え、部署全体の業務の質の向上につなげられればと考えています。
S
カナダでの経験を通じて、生産準備をスムーズかつ的確に行うためには、自分が担当している生産工程だけでなく、その前後の工程も知ることが大切だと強く思うようになりました。営業や財務など他の部署も経験して、自分の仕事のクオリティーをより高めていきたいです。英語力も向上させたいですし、モチベーションは高まっています。
N
私も、今後さまざまな装置の設計や立ち上げを経験して、将来的には生産ライン全体に関わり、生産性が高く作業者が使いやすい装置をつくりあげていくような仕事ができるようになりたいという気持ちが強くなりました。